夏祭り それはとある夏の日。 花火大会へ向かう人たちで、駅のコンコースはごった返していた。 若い人たちもこの日ばかりは浴衣でお洒落を楽しむようで、お祭り、しかも花火大会となれば、当然浴衣姿が目に付いた。「浴衣の子たち、かわいいなぁ」「たまに着付けが残念な子もいるけどね」 連れとそんな会話をしながらも、眼福眼福と目を細めていた。「あれ?」 連れが変な声を上げた。 なに?と尋ねたが、ふるふると首を振った。続きを読む「まさに今、すごい残念な着付けっての見ちゃった」「まさかあの、右前左前とかの間違い?」「それそれ」 どれどれ?と連れが示した方を見る。「浴衣の子なんてどこにもいないじゃん」 連れは俺とその方角を交互に見遣ってひそひそ呟いた。「すぐそこ、金魚の柄の……ほら、今通り過ぎる柱のとこに……」 人混みのコンコース。 柱の横。 そこだけ人の波が避けていくように、ぽっかりと空間が出来ていた。「ちょっと待って……止まってっ」 そう言いかけた時、連れも何かに気付いたようだ。 貌から表情が消えていた。「金魚じゃない……アレ、血痕……」「いやだから、早くこっちに……」「ひっ、笑った……こっち見て笑った……っ」 震え出す連れを力尽くでその場から引き剥がした。 それとほぼ同時に、周囲から悲鳴があがった。 空気が激しくざわめく。 いけないっ、と更に連れを引き寄せて突き飛ばす。 瞬間、背中が熱くなり、気が遠くなった。 幽霊ならよかったのに。 その浴衣の子は、全身に返り血を受けた、通り魔だったのだ。畳む 小説 2024/07/28(Sun)
それはとある夏の日。
花火大会へ向かう人たちで、駅のコンコースはごった返していた。
若い人たちもこの日ばかりは浴衣でお洒落を楽しむようで、お祭り、しかも花火大会となれば、当然浴衣姿が目に付いた。
「浴衣の子たち、かわいいなぁ」
「たまに着付けが残念な子もいるけどね」
連れとそんな会話をしながらも、眼福眼福と目を細めていた。
「あれ?」
連れが変な声を上げた。
なに?と尋ねたが、ふるふると首を振った。
「まさに今、すごい残念な着付けっての見ちゃった」
「まさかあの、右前左前とかの間違い?」
「それそれ」
どれどれ?と連れが示した方を見る。
「浴衣の子なんてどこにもいないじゃん」
連れは俺とその方角を交互に見遣ってひそひそ呟いた。
「すぐそこ、金魚の柄の……ほら、今通り過ぎる柱のとこに……」
人混みのコンコース。
柱の横。
そこだけ人の波が避けていくように、ぽっかりと空間が出来ていた。
「ちょっと待って……止まってっ」
そう言いかけた時、連れも何かに気付いたようだ。
貌から表情が消えていた。
「金魚じゃない……アレ、血痕……」
「いやだから、早くこっちに……」
「ひっ、笑った……こっち見て笑った……っ」
震え出す連れを力尽くでその場から引き剥がした。
それとほぼ同時に、周囲から悲鳴があがった。
空気が激しくざわめく。
いけないっ、と更に連れを引き寄せて突き飛ばす。
瞬間、背中が熱くなり、気が遠くなった。
幽霊ならよかったのに。
その浴衣の子は、全身に返り血を受けた、通り魔だったのだ。
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